Miiの日記

もがく、生き物

関ジャニ∞がSUPER EIGHTになったら、忘れてた感情取り戻した話。

 

注意

※このブログは、抑えきれなくなった、めーっちゃ長い隙自語をします。

5人を、擦り切れる感情でずっと応援してた方は、嫌な気分になると思います。

それでもいい方は、クソデカ隙自語、見てあげてください。

 

 

 

 

 

 

 

私は小さい頃から、関ジャニ∞が好きだった。

 

 

 


ある日、テレビを見てたら、なんだか、うるせー7人組のお兄ちゃんたち。

 

一瞬で、好きになった。

 

ずっと7人で笑い転げてて、外野も無視で、めちゃくちゃ内輪で楽しそうで。


家族や友達と上手く関係が築けなくて、完全に陰の人間だったわたしは

 

当時関ジャニ∞を「憧れ」という感情で好きになった

 

 

______こんな大人になりたい。

 

 

今は辛くて、悲しくて、寂しいことが多いけど、

大人になったら、気の合う仲間とお酒飲みながら、しょうもないこと話して、こうやって笑って生きていくんだ。と

 

本気で、そんなことを夢にした。

 

 

それから、辛い時は歌に泣かされ、

バラエティでの面白すぎるエイトにあやしてもらい、

その中でも大好きな丸ちゃんに恋心にも似たものを抱いて

 


とにかく思春期も、反抗期も、ぜーんぶエイトと共にすごした。


感情、全部育てて貰ったと言っても過言では無い。


人が苦手で、引きこもりになってしまったりしたのだが

人を嫌いにならずにいれたのは、エイトのおかげだと思う。

 

大阪出身だが「なまりが強い」と言われる度、エイト育ちなもんで。と未だに思う。


そのくらい影響受けてた。


青春のすべて、だった。

 

 

 

高校生になって、自分で遊べるくらいは稼げるようになって

 

初めて、エイトのライブに行った。

 

 

引っっっくほど、楽しかった。

 


あの時、辛い気持ちで泣きながら聴いてた曲や

熱い思いになって寝れなくなった曲や

ただ、なんやこれー!っていうおもしろい曲

曲間にはさまれるコント

よう喋ってられるなーってほど長いMC

 

全部、目の前で本人たちの手によって繰り広げられていく

 

 

夢か?夢なのか?こんな幸せでいいのか?

 

 

 

でも

生まれてきた年がもっと早ければ、
もっと、もっとたくさんのエイトとの思い出が作れたのに。

 

と思って家に帰って泣いたりもした。(情緒不安定)

 

 

 

 

 


その後、予期せぬ出来事が続いた。

 

 

 

 

すばるくんがいなくなった

 

やすくんが病気と怪我をしてた

 

 

 

 


あんまり、記憶が無いけれど、それはそれはショックで

最後の関ジャムは、見終わったあと

友達と電話を繋いで、引かれるほど泣いた。

嗚咽、嗚咽。

人生終わった、と本気で思った。

 

 

 

 

その後のライブにも新幹線に乗り足を運んだけれど

しんどくて、しんどくて、


りょうちゃんに笑え!と言われても、笑えなかったのを覚えている。

 

 


不思議な感覚なんだけど、

当時高校生だったわたしを大人にしたのも

 

エイトだと思う。

 


大人には、色んな事情があって、

笑ってても、裏では苦しんでたり、

頑張っても、報われなかったり

永遠はなかったり

絶対はなかったり


するんだと。

 

 

今まで、面白いから笑って

感動したから、泣いて

エイトも、私も、幸せ!


というアホ丸出しのわたしは居なくなった。

 

 

 

 

その頃から、一人の人間、

ミドルネームは「eighter」から、

 

「世間一般人」になったことを覚えている

 

 

 

どういうこと???って思うよね。私も思う。

でも、本当、この言葉がいちばんピッタリで、ほかの言葉が思いつかない。

 

 

 


私は、5人になったエイトから逃げた。


十五祭の後のりょうちゃんのことが私の中で大大大打撃だった。

辛くて、見てられなくて、どうしてこうなった?って現実逃避

 

 


その頃、不幸?にも、専門学生で、

実習でパワハラに合い、辛くて、うつ状態になってしまった。


好きなはずのものも、私が理想とする形でなくなり、

夢だった、アホな大人になることも、叶わず、

支えを失った私は、どんどん暗くなった。


駅のホームに立つと自分が電車の方向へ吸い込まれそうで

電車が来るまで壁に引っ付いて、どうにか毎日、学校に行くための電車に乗っていた

 

 

そんな時、抜け殻状態を心配した友達に遊びに誘われた。


その時に、私の推しのPOP UP行こ!と紹介された全く知らん他界隈。


そうです。

そこへ逃げ込みました(そっち界隈の本気オタクへ。ごめんなさい)

 


今思えば、長年ジャニーズ漬けだった私が他へ興味を示すなんて

脱退が、ショックすぎたんだ思う。

 

外国語で、何言ってるのか、分からない

気持ちが100%伝わってこないことが、辛い気持ちを和らげた。

 

何も入ってこないけど完璧なパフォーマンス、コンセプトで心を満たしてくれる

自分にとって都合が良かった。

 

 

 

 


時は、コロナ禍

 

渡韓ができなくなって

ペンミの代わりに生まれたヨントン(推しとのビデオ通話)

というものに、私は溺れることとなる………

 

 

SNSにレポをあげればいいねが付き、

コメントがつき、

すぐに承認欲求が満たされた

 

 

なにより、大好きな推しと話せる。

 


推しに対するクソデカ感情を直接言えてなんだか、

すごく満たされた気がした。

 


実習も終わり、新たな推し活(という名の生きる希望)も出来、

うつ症状も、どんどん良くなった。

 

 

 

 

韓流ブーム第何期?

そんな、流行りの推し活をするようになって数年

 

社会人になった私は、無我夢中で仕事に励んでいた

 

でも、

 

楽しいのに、なんか重い。

 

笑ってるはずなのに、心からは笑ってなくて、

毎日、ただ働いて、

たまに仕事から逃げるように旅行を兼ねてライブに行って

 

今思えば、意思じゃなく、義務で生きてたなー、と思う。

 

 

 

本気になって何かに取り組んだりすることもなく、

ルーティン化して勝手に動く体で働く。


何も、愛せてない

自分にも、他人にも、興味が無い

そんな自分に薄々気付きながらも、ただ働いていた。

 

 

 

去年の10月くらいから、よく体調を崩すようになった。

普通に働きすぎてた。


仕事を休むことが増えてしまい、しんどくても暇でスマホはポチポチできる。(スマホってポチポチ?)

 

昔のeighter友達に何気なしに連絡をしてみた。

 

 

久しぶりー!仕事どう?!という他愛も無い会話の中で

エイトがサブスク解禁するよ!というニュースが飛び込んだ

 

サブスク!?そんな時代になったのか!!と

私も今をきらめく20代だというのに、そんなことを思いつつ

なーんか怖くて、聞けずにいた。

 

 


仕事に復帰した日

通勤途中になぜかエイトの歌を無性に聴きたくなって「8EST」を再生した。

 

これは私が初めて、好きになった時に出たアルバム。

超ケチだった親に買って!って頼んだけど、ケチすぎてレンタルならOKでた。

1週間で全曲覚えた気がする。

 

買うのは無理で、借りるのは良いってどういうことやねん。

 

 

そういえば、すばるくんが脱退するってメール入った時も8EST聴いてたな…

 

人間は窮地に追い込まれると、原点に戻るんだ。

 

 

 


浪花いろは節」ぬぉぉぉぉ!結局テンション上がる!だいすき!

 

「ワッハッハー」って社会人になるとこんな感動するんだ!

 

ツブサニコイ」めっちゃ好きだわー!今も好きだわ!

 

「雪をください」ぎゃー!!!!かわいいー!!

 

「マイナス100度の恋」ちょっと、まって、くるしい

 

「One day in winter」お、お前呼び……

 


とかなんとかマスクの中で百面相

1時間くらいの通勤時間でまたあの頃の気持ちに引き戻された。

何年も、離れてたのに、たった1時間で。

 

 

あの頃みたいに笑いたいなー

泣きたいなー

ライブ中、必死に応援しすぎて汗かきまくってたあの頃に戻りたいなー

 


気持ち溢れすぎてその頃の友達と連絡とって、久々に会った

 

 


外食しながら、最近のエイトの活動を聞きつつ

18祭(ドーム)のセトリを見て

なんかすごーい懐かしい歌ばっかりやってて、勢い余って思い出話してたら、

大号泣した。

 


溢れてくる、溢れてくる


そんな自分が面白くて、笑うのに


自然と顔中に力が入って


涙が溢れて、止まらなかった

 

 

 

 


カチッ?パチッ?

なんか、脳の中で、音がして

視界がクリア


なんやろー、不思議やなー、とか思ってたけど


今考えたら、心が戻ってきた音だった

 

 

 

 

 


気付いたら、ルーティン化された仕事が手に付かなくなってた

自分が今まで好きでいたはずのグループの推し活もできなくなった

 

 

あの頃の心に戻ってしまった今、


なにか、物足りない、楽しくない。

 


人様の「好き」にまでケチをつけたくなるくらい、自分のこの数年で培った自分の好きを疑った。

 

それくらい、過去の私はエイトが大好きだったみたい。


ねえ、これは文字じゃ伝わんないよ。

本当に好きだったのよ。

 

エイトから貰うもの全部宝物だった。

今思えば、あの悲しみたちだって宝物じゃん。

乗り越えてみれば、大した山じゃなかったんじゃない?

あの5人なら、そう思わさせてくれてたんじゃない?

 

 

 

そして、お金を払えば手に入る、寂しさを埋めるためだけの推し活に価値を感じなくなって


自分のお金、時間、足、を使って、してた推し活たちが愛おしくなった

 

 

出てるテレビは全部録画して、テレビの前に齧り付いて、

CDをショップで予約して、発売日当日並んで、CDをゲットして

同じもの、食べたり、

CMしてるもの、ニヤニヤしながら買ったり、

メンバーが好きって言ってた曲、聞いたり、

楽器に憧れて、勉強してみたり、

メンバーカラーのもの部屋に置いたり、

脳も、時間も、心も、奪われてたあの頃の推し活がしたくなった。

 

アイドルなんて所詮娯楽と、

自分の心を守るために、もう傷付きたくないがためだけの、推し活をしてたけど

もう1回、大好きなもののために傷付きたくなった

 

 

なんで、ずっと忘れてたんだろう

5人のエイトに向き合わず、放っておけたんだろう

 

わたし、この数年間、何してたんだろう

 

あの頃の、熱い気持ちを今、取り戻したところで、どうすればいい?

 

 

色んな感情が蠢く。

 

 


ただ、今は、離れていた数年間に5人が頑張って、がむしゃらに頑張って

建て直してきたものたちを必死に拾い集めてます


まじで、すごいな、あの5人。

 

 

 

幸運なことに、まだエイトは名前を変えてまで、存在してくれてた。


たくさーん、逃げた私を待ってくれてたかのように。

 

 

逃げ出したいくらいしんどかったであろう5人


めちゃくちゃ貫禄出てて、かっこよくなってて、びっくりしてる。

 

 

 

 


出会って何年?

 

それでも、まだ、エイトは私に感情をくれる

 

 

都合よく離れて、また、だいすき!なんて簡単に言えないけど


でも、ほんとに、いちばん、大切なひとたちです。

離れた人達も含めてね。

 

 


みんな世界で1番幸せになってほしい。なんかもう、すごい、極上が待っててほしい。何も気にせず、自分だけの幸せ掴んでほしいよ。


これだけ、たくさんの人間救ってるんだから。

 

 

 

それで、これは、私の我儘だけど

ヨボヨボのおじいちゃんになって、私も初老くらいになった時でいいから


エイト(離れた人含)とファン、皆で集まって、しょーもないことで肋折れるくらい笑いたいね

 

 

20周年、おめでとう

たくさんの感情をありがとう

関ジャニ∞(SUPER EIGHT)という船を漕ぎ続けてくれてありがとう

静かに、ずっと、見守ってます

 

 


おしまい